2013年09月24日

鍵盤楽器の為のパルティータのことなど、、2

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 一昨日から、グールドのバッハ、鍵盤楽器のためのパルティータについて書いていますが、ついつい横道にそれて、パルティータについての話が中途半端になってしまっているので、続いて書きたいと思います。
 
 パルティータはバッハの鍵盤楽器の曲の中でも代表的な曲と言われる一方で、ピアニストの教育用としては、そのレパートリーに入れられない事が、日本では多く、音大のピアノ科を卒業している方でも、この曲をあまり知らない、、演奏したり、聴いた事がない、という人も意外と多いです。
 その理由として考えられることは、ピアノ演奏のテクニックの訓練のために、バッハの曲が、複雑なフーガなどに特化されて、教材として使われていることが多いということも有ると思います。パルティータには、複雑なフーガはありませんし、曲調は、バロック的というか、いろいろな趣を異にした舞曲の組み合わせで、できあがっており、ロマン派やその後のピアノ曲に比べ、古くさい感じがするというのも、あるかも知れません。

 学生が取り組む曲を、先生達が選ぶ時に、上級者には特に、大曲を選ぶ傾向があるというのも、パルティータが教則曲として選ばれにくい理由の一つとして考えられます。一曲1分〜4分程度の短めの曲、小品が、5~6曲で、一つの曲集が出来上がっているといのも、ベートーベンなどの後世の曲に比べて、小粒な印象を与えているのかも知れません。

 
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 しかしそれにしても、この曲集、 6つのパルティータは、魅力的な、ある意味、宝石箱の様な、小さくても華やかで、良く歌う、素晴らしいたくさんの曲がてんこ盛りの、音楽的には素晴らしい曲集です。
 
 どちらかというと、幾何学的で、作曲された時代よりモダンで、複雑な曲が多い、ヨハン・セバスチャン・バッハの曲の中にあって、古き良き時代のロマンチシズムをたたえた、とても親しみ易い曲調ですが、イージーでない、深い内容をもった曲集だと、私は思います。

 ゴールドベルクに続いて、グールドがあえて、その辺も加味して、6つのパルティータをあらためて、世の中に知らしめるつもりで、録音したのではないかと、わたしは思います。

 グールドは、このパルティータを、録音技術の進歩の端境期、つまり、モノラルとステレオ録音の境目の時期に録音しています。そのため、全6曲のなかには、録音の時期の早い曲は、モノラル録音、遅い曲はステレオと、異なるフォーマットがアルバムの中の混在しています。

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 実は長年、個人的に気になっていることがあるのですが、この曲集の中で、パルティータの6番だけが、なぜか、うかない演奏、、、というか、生彩を欠く演奏に聞こえてしかたありません。
 わたしは最初、1番から6番までを順番に録音しているのかと思い、気まぐれなグールドが、最終曲まできて、少し飽きてしまったのではないか、、? と思っていました、、。ところが、データを調べてみると、なんと5番と6番は一番最初(1957年)に録音していたんです。なので、モノラル録音ですが、そのせいで、演奏が悪く聞こえるという事は、何度聴いても思えません。
 同じ時期に録音した5番は素晴らしい演奏なのですから、、、。
 
 グールド関係の書籍がたくさん出ていますが、私はアルバムはほとんど全て持っていますが、本は何冊しか持っていないので、もしかして、それらの本の中に、パルティータ6番の不調の原因を検証しているものも、あるのかも知れませんが、いまのところ私は、知る由もありません。私は今のところ、グールドについて様々に語っている文化人諸氏の文章より、グレン・グールドの音楽そのものに興味がありますので、、。

 完璧主義者のグールドが、何故あのような演奏を、アルバムに収録したのかは、私にとってはとても大きな謎ですね、、(~_~) 。

CMS Records web site  http://cms-records.biz
 
posted by えんこみ at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | Glenn Gould
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