2016年01月04日

ピアノと調律師、そしてピアノの演奏者について その 3

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 あけましておめでとうございます。 CMSレコードを主宰しておりますピアノ演奏者、細川正彦です。 本年もCMSレコードを、よろしくお願い申し上げます。

 昨年の12月18日に書きました、「ピアノと調律師、そしてピアノの演奏者について その 2」に続く文章を掲載させていただきます。

 この連載にはそれなりの反響をいただきまして、私のフェイスブックに、ブログの読者から、荒川三喜夫氏作の連載漫画、「ピアノのムシ(芳文社コミックス刊)」という大変興味深いコミックがあるというお知らせをいただきました。

 早速第一巻を手に入れて読みましたが、これがなかなか興味深い内容で、私の言わんとしている内容にも重なるモノが多々あり、とても参考になる書籍でした。 このような漫画本も出ている、ということは、現在の状況は一昔前より多少はよくなっているのではないのか、と推察するわけですが、この私の文章共々、ピアノのメインテナンスに興味がある方も無い方も、特にピアノを弾く方には是非、読んで頂きたいと思った次第です。


ピアノと調律師、そしてピアノの演奏者について その3

 『調律と調律師について-2』

 調律師は孤独な職人である、、、。 これはまず最初に書いておきたいことです。

 何故かと言うと、、、この連載で、最初の方に書いている通り、実はピアノ演奏者は他の人が思っている程、ピアノに詳しくない、ということがあります。 なので、調律師は依頼されてお金をもらって調律をしますが、ピアノのウイークポイント、や長所、そのピアノの状態について、ほとんど弾き手と、ピアノの状態について、情報を共有することなく、仕事を進めています。

 これは演奏者の自宅のピアノについてもそうですが、お店のピアノなら、なおさら、不特定多数の演奏者が弾いているわけですから、調律師と演奏者のコミュニケーションはほとんどありません。お店のオーナーや店長さんなどピアノを弾かない人達とも、ほとんどそういった情報の交換はないでしょう。

 唯一あるとしたら、弦が切れてしまった場合などに、お店の人が連絡して、弦を張り替えたりするときに、その状態に付いて少し話す位ではないでしょうか、、。

 医学に例えれば、ピアノが患者でピアノ演奏者が患者の家族、調律師が医師なら、モノを言えない患者(ピアノのこと)や家族とのコミュニケーションが全くないまま、治療がすすんでいる、、ということになります。 
 すべて「おまかせ」、、というのは、聞こえがいい表現ですが、言ってみれば、あえて、悪い言い方をすれば、これは調律師のやりたい放題、、ともいえないことも無い、わけです。

 それは、「難しい技術的なことには口を出さない方が良い、、」「素人が口出しするとろくなことが無い、、」という社会通念もあるとは思いますが、そう言った事情以外には、調律師のほうで、あえて情報公開をしていない、、というところもあります。 こういう状況は他の楽器とその演奏者にとっては全くあり得ない、ある意味完全に異常な状況である、、ということの自覚がピアノという楽器の周りに居る人達には全く理解されていないのです。

 ここで、少し観点を変えて書こうと思いますが、いろいろなピアノ演奏者がいて、いろいろなタッチ、音色、テクニックでピアノを演奏するわけですが、果たして調律師という技術者は人によってどの位仕事に違いがあるのでしょうか?。

 本来あるべき音律にピアノの音を調律する、、ということは、メカニズムなどの整調もそうですが、一つのリファレンスな状態というものがあって、人によって音律が違う、、ということは、本来許されることではないはずです。

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 調律師という仕事が何故あるのか?、、ということについては、その作業自体が専門性が高く、特殊な技術を必要とする職種であるから、、、ということだと思うのですが、よく、私に、「そんなに調律にうるさいのなら、もう自分でやった方がいいのでは、、?」ということをおっしゃる方がいますが、素人の私がちょっとやそっと、訓練してできるような、簡単な仕事ではない、と、これは断言できますね。

 なにしろ、公称で半音の200分の一、人によっては500分の一以上の音程の細かさを正しく認知できなければ、できない仕事といわれていますから、仮に私が訓練をして、ある程度その技を習得できたとしても、鍵盤は88個ですが、弦は二百本以上ありますので、すべての弦を調律した後に、演奏をする、、という無謀なことは出来ないと思います。人間の集中力は無限ではありませんから。
 ピアノに比べればすぐ終わる6本のギターの調弦とはわけがちがうのです。
 
 ところで、この章の最初に書いた「調律師は孤独な職人である」ということは、どういうことなのか、、。
 上に書いたような、本当に細かい神経を使う仕事である調律の作業なわけですが、もちろんピアノの音、楽器の響きを完全に決定するとても大切な作業なわけです。

 そのような細かい作業ですから、当然その日の体調とか、精神状態が、良くも悪くも多少は仕事の内容に反映されることがある、、わけですが、ほとんどの場合、それは誰にも気付かれない細かい違いしかありませんし、調律師がお客のまえでは決して「今日はなんだか仕上がりがイマイチだな、、」、とか「今日は滅多に無い良い仕上がりだ、、」などということは、絶対に言いません。

 個人宅のピアノであれば、調律が終われば、必ずピアノの所有者である演奏家にかならず試奏してもらい、チェックしてもらうわけですが、その際も「いかがですか?」とお客にかならず尋ねるわけですが、その時は、よっぽどのことがない限り、お客がたナニか意見を言う、、ということなく、仮に調律の出来が悪かったときは、「わかる訳が無い、、」と内心は思いながらも、おくびにも出さず、お決まりの返事をまっています。

 「大丈夫です、ごくろうさまでした」。

 これは、ほぼ毎日の様に日本中で行われている、ほぼ儀式に近い様な、調律終了時の確認作業なわけですが、これは、床屋や、美容院での仕上がりを鏡を見ながら確認する作業にも似ているわけですが、美容師とお客の場合、お互いどうして欲しいという希望をある程度は把握していて、それをめざして作業を進めるわけですが、ピアノ調律の場合は、「くるった調律をなおす」という以上の作業には実際のところなりません。

 前の方に書いた様な、こうあるべき状態、リファレンスな状態ということを、ピアノ演奏者はどれ位知っているのでしょうか?、そして、調律師はどれだけその状態に自分の技術でピアノの状態を近づけることができるのでしょうか?。
 私が言いたいことは、ピアノ演奏者はもっとピアノの状態に興味を持つべきだということと、調律などのいわゆる、標準的な状態、リファレンスな状態というものを正確に知る努力をして欲しいということです。

 もし、ピアノ演奏者がもっとそう言うことに興味を持てば、ピアノの技術者である、調律師は他の楽器のリペアーマンの様に、顧客の希望を聞きながら、より細かい作業をすることができるでしょうし、より高い評価を受ける為に技術の向上も望めるかもしれません。

 「もしそんなことに本当になったら、手抜きをしているのがバレてしまって、たまったもんじゃないぞ、、」という悪い調律師の声も聞こえてきそうですが、実際のところ、技術の優劣より、お客のあしらい方(口の巧さ)、所属している会社の評判、、といった、本質とはかけ離れたところでの評価しか、多くの調律師には与えられていない、というのが、残念ながら現在のというか、昔からの状況なのです。

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